■高知城 山内一豊の銅像を再現した甲冑 土佐 高知城 山内一豊の銅像を再現した甲冑で、 兜は頭形兜、胴は糸綴の桶川胴と実戦的な甲冑であるが、 兜に本金箔を押した、御幣の後立を立て、 山を意識した木製、本金塗りの前立又、 胴をシボ革に包み糸綴りとし、 【壷袖】草摺りには伊予札を毛引きに威す事により実戦的な中に、 土佐20万石の大名に相応しい甲冑を再現した。
■高知城 山内一豊の銅像を再現した甲冑
土佐 高知城 山内一豊の銅像を再現した甲冑で、 兜は頭形兜、胴は糸綴の桶川胴と実戦的な甲冑であるが、 兜に本金箔を押した、御幣の後立を立て、 山を意識した木製、本金塗りの前立又、 胴をシボ革に包み糸綴りとし、 【壷袖】草摺りには伊予札を毛引きに威す事により実戦的な中に、 土佐20万石の大名に相応しい甲冑を再現した。
【山内一豊】 1546年〜1605年 奥州から売りに来た東国一の駿馬を、高額な為、安土城下の信長家臣団は誰も買う事の出来なかったが、 質素な暮しをしていた、仕官したての一豊は、妻(千代)の内助の功により手に入れ、京の馬揃え(観兵式)で、その事を信長におおいに評価され、頭角を表し、 以後、関ケ原の合戦で、家康率いる西軍に【魁】て、東海道筋の居城、【掛川城】を開放し、一躍、土佐二十万石の大名へ出世した。
時代劇などで、役者さんが着用する激しい撮影にも耐え得る為の甲冑を製作し、 博物館/資料館などからも、当時の甲冑の複製の依頼を受ける、 伝統工芸指定の甲冑工房が手がける【光忍】の甲冑は
本来、人がまとい、戦った、甲冑の持つ【機能美】さえも忘れる事無く再現しております。 着る為に作られた甲冑の持つバランスの美しさを、どうぞ、ご覧あれ。
鉄製 時代仕上 兜 鉢 黒塗頭形兜 シコロ 黒塗り鉄板札濃紺糸素懸五段日根野シコロ 後立 真鋳製 本金箔押 御幣後立 前立 木製本金塗前立 鎧 胴 ちぢみ革包み菱綴桶側二枚胴具足 袖 黒塗濃紺糸威伊予毛引六段冠板付き 草摺 黒塗濃紺糸威伊予毛引七間五段 小具足 【2006一豊特別黒家地】 篭手 黒塗り篠篭手 臑 黒塗り篠臑 佩楯 黒塗り篠佩楯
鉄製 時代仕上 兜 鉢 黒塗頭形兜 シコロ 黒塗り鉄板札濃紺糸素懸五段日根野シコロ 後立 真鋳製 本金箔押 御幣後立 前立 木製本金塗前立 鎧 胴 ちぢみ革包み菱綴桶側二枚胴具足 袖 黒塗濃紺糸威伊予毛引六段冠板付き 草摺 黒塗濃紺糸威伊予毛引七間五段 小具足 【2006一豊特別黒家地】
篭手 黒塗り篠篭手 臑 黒塗り篠臑 佩楯 黒塗り篠佩楯
飾った時のサイズ 高さ約165cm/幅約60cm/奥行約50cm (脇立により高さは若干異なります。) 収納時のサイズ 高さ約55cm/幅約45cm/奥行約42cm