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【奉納鎧】とは?
奉納鎧は武将が戦でまとう為に製作した甲冑と異なり(作りは本物同様)、
神々への祈願を込め又神々がまとう甲冑として、神仏に奉納する甲冑で、
製作に関しては、技法、装飾など全てにおいて、当時の大名などが
着用する甲冑又はそれ以上の作りの最高の甲冑を奉納していた。
奉納飾り 正面

■室町 桃山期の守護大名の伝統を守る本格甲冑
平安の頃より武士の甲冑はその位によりわけられていたが、
室町期になると乗馬戦 歩行戦ともに有利に戦える
胴丸/腹巻鎧が大将鎧として定着した。
本甲冑は、当時、守護大名がまとう典型的な胴丸鎧で、兜も阿古陀兜
と伝統の正統派の鎧である。
なお、本甲冑製作に関しては、鹿児島神宮 御神体 彦火火出見(ヒコホホデミ)尊
(山幸彦)へ、誓いをたて製作させて頂いております。
一式飾り
【島津貴久】
1514-1571
戦国期、島津中興の祖、伊作島津家の忠良(日新)の子嫡男であったが嫡流の養子として迎えられた、以降、貴久は、薩摩/大隈/日向の三州統一に尽力し、貴久の子、島津4兄弟(義久 義弘 歳久 家久)は、他の戦国大名に類を見ないほど、兄弟力を合わせ、九州制覇を目前にするも、秀吉の九州征伐の前に和睦をし、又天下分け目の関ケ原でも西軍につくも、薩摩/大隈を守り抜いた。島津貴久は特に鹿児島神宮を薩摩/大隈/日向の重要拠点とし、甲冑/武具の奉納をはじめ、隼人、初午祭の起源となる祭りを催すなど、鹿児島神宮と親密な関係を築いたと伝わる。
奉納飾り 斜め
鹿児島神宮さまに御依頼を受け、地元にの残る、同様の甲冑を採寸、調査
し、製作させて頂きました。鹿児島神宮さまが奉納され胴丸と同様の製作致します。
写真 左は鹿児島神宮宮司様と当社社長
島津貴久奉納 鹿児島神宮所蔵 重要文化財 色々威し腹巻
は現在 国立博物館で管理されております。
等身大着用サイズ

■時代劇などで、役者さんが着用する激しい撮影にも耐え得る為の甲冑を製作し、
博物館/資料館などからも、当時の甲冑の複製の依頼を受ける、
伝統工芸指定の甲冑工房が手がける【光忍】の甲冑は
本来、人がまとい、戦った、甲冑の持つ【機能美】さえも忘れる事無く再現しております。
着る為に作られた甲冑の持つバランスの美しさを、どうぞ、ご覧あれ。
*納期に関しては、受注状況にもよりますが、数ヶ月を要しますので、何卒ご了承下さい。

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島津貴久色々威胴丸(鎧 兜)(送料無料)
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古の伝統を今に伝える
豪華特典付 甲冑 関ヶ原 開戦!!
勝つのは東軍か?西軍か?西軍参戦甲冑
2008年12月26日〜2009年2月28日まで
島津貴久公奉納
鹿児島神宮所用 上野国立博物館蔵
重要文化財 写し
兜
鉢 黒茶塗り参拾間阿古蛇成兜
シコロ 黒塗り本小札色々威し三段笠シコロ
吹返しに絵革に唐獅子柄(国内本鹿革)
面頬 黒塗り本小札色々威し三段顎垂れ
鎧
胴 黒塗り本小札色々威し胴丸鎧
袖 黒塗り本小札色々威し七段大袖(冠板含む)
草摺 黒塗り本小札色々威し威し八間五段
喉輪 黒塗り本小札色々威し喉輪
小具足
篭手 黒塗り三枚筒篭手
臑 黒塗り五枚臑
佩楯 黒塗り本小札色々威し佩楯
*写真には取っていませんが、面、篭手、臑、佩楯と
一式セットに、なっております。
飾った時のサイズ
飾った時のサイズ
高さ約165cm/幅約70cm/奥行約60cm
(鎧によって若干異なります。)
収納時のサイズ
高さ約58cm/幅約66cm/奥行約51cm
伝統工芸指定
五月人形 鎧飾
侍´s ARMOR & ARMS MARUTAKE Co LTD
鎧飾り 鎧平飾り
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マークとは?
・お買い物ステップ中で「のし」を選択することができます。
※各店舗の設定により、ご用意できる「のし」の種類が変わります。
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お支払方法、配送方法に関しては
こちらをご覧下さい。
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